パワー・オブ・ザ・ドッグ

ホモソーシャルな世界で精神的な絆だけでなく,肉体的な絆も求めてしまう自分に,フィルは嫌悪感を抱いていただろう.イエール大学で古典を専攻し,主席で卒業したほど教養があったにも関わらず,アカデミックな世界ではなく,カウボーイとなり世間の期待する理想の男性像を具現化しようと思ったのか.自分のセクシュアリティの受身的な部分,女性的な部分を自覚し,それを必死に隠そうとしていたのか.

それを見てしまったピーター,男たちにからかわれても毅然としていたピーターに惹かれ始めたフィルは,自分と同じ匂いを感じて,てなずけようと考えた.
 
ピーターはフィルとは異なり,体格も細く,その当時の(そして今もほとんどの)男の理想の体型とはほど遠く,服装も小綺麗だった.それが標準と異なることはピーターもわかっていただろう.ピーターは自分がゲイであり,クイアであることに自覚的であり,それを隠そうとは思っていなかった.自分がホモソーシャルの世界に入れないこともわかっていたし,入ろうとも思っていなかっただろう.むしろその粗野や下品さを軽蔑していた.
 
ある日医学書感染症のページを読んでいたピーターは,フィルにおしえてもらったばかりの乗馬で荒原の先に行き,倒れてハエがたかった牛を見つけると,外科用の手袋をはめ,その牛の革をはいで持って帰る.
 
フィルとピーターは乗馬に出かけ,うさぎを見つける.
怪我をして木材の下から動けなかったうさぎは,自分が明らかになることに怯え,隠していたフィルの暗喩だったのか.木材によってうさぎは足に怪我をし,またそのときフィルも手に深い傷を負った.その手負いのうさぎを,ピーターは優しくなでた後に,こともなげに殺して楽にさせてやった.
フィルとピーターが牧場に帰ると,ロープを編むために必要だった牛の革は,酩酊状態のローズの嫉妬により先住民に売られてしまっていた.怒り狂ったフィルにピーターは、自分がフィルに憧れてはいだ牛の革を使ってほしいと懇願する.その牛の革は,あの日ピーターが行き倒れになった牛からはいだものだ.
夜中,真っ暗な倉庫で二人はおちあい,フィルはロープの仕上げをするために牛の革を水につけて、傷を負った手で洗い,編み込んでいく.ロープを編むことは,フィルにとっての愛情表現であり,性的な行為の暗示となっている.ピーターは、フィルの最愛の人であるブロンコ・ヘンリーの鞍をやさしくなでた後、自分の吸っているタバコを差し出し,フィルにくわえさせる.その仕草はまるでフィルの顔をなでているようだ.あのうさぎのように.ピーターはフィルを大きな瞳でまっすぐに見つめる.その眼差しは挑発的であり,ゲイであるフィルを誘惑するものであり,またもうすぐ死ぬ運命のフィルに対する哀れみを含んでいた.
そしてピーターは、ローズをフィルの圧力から解放するとともに、フィルを男らしさとホモセクシュアルの相克から解き放った。